2015年12月11日金曜日

忠臣蔵

こんにちはつつじが丘店の碓井です。



もーいーくつねーるーとー

12月15日。

忠臣蔵 討ち入り でございます。


え?忠臣蔵ってなに?って思う方もいらっしゃるかもしれませんね。


忠臣蔵とは・・・

徳川5代将軍綱吉の時代、江戸城で赤穂藩主の浅野内匠頭が
吉良上野介を斬りつける事件が発生。
浅野内匠頭は即日切腹、赤穂藩も取り潰しになったが、
喧嘩両成敗の時代であったのに吉良上野介には何のお咎めもなかった。
それに怒った赤穂藩の元家臣たちは、

主君であった浅野内匠頭の仇を討つため吉良上野介の家に討ち入りを行い、
主君の仇討ちを成功させた。という元禄赤穂事件のこと。(neverまとめより)















現代で置き換えると

兵庫県知事が愛知県知事を殺そうとして、
兵庫県知事は責任おわされて、兵庫県がなくなってしまい、
2年後、元兵庫県民47人が愛知県知事に復讐した・・・・

というかんじです。
※厳密に言いますとかなり違います。


今で考えると余計にとんでもない事件ですね。

年の暮れにこんな物騒な事件がおきて、
さぞ、当時は暗い年越しになったことでしょう・・・・

しかし、意外なことにこの事件は当時の人々に活気をもたらしたのです。

なんでか。

将軍が絶対のこの時代、討ち入りをしたということは

将軍の下した「赤穂藩お取りつぶし」という判決に市民が異議を唱えた
ということでした。

それが当時の庶民はめちゃくちゃ気持ち良かったわけです!
多分みんな「お取りつぶしはやりすぎだろ・・・」とみんな思っていたんでしょうね。

それに「主君の仇討ちを達成した!」
というシチュエーションも萌えるポイントだったのだと思います。


ってことで、赤穂事件は歌舞伎で忠臣蔵として演じられるようになり、
超人気の演目として現代まで語り継がれるようになったのです。



・・・・・まぁ当時の人の気持ちもわからなくはありませんが、

やはり、年末は物騒な討ち入りで盛り上がるより

サンタクロースがプレゼントくれる
クリスマスにウキウキして過ごしたいですね☆

ってことで、次回は

クリスマスっぽいネタが話せたらと思います!

それではまた来週!!!!



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